夏が終わり、秋を迎えた。秀吉は友人や側近をあつめて、菊見の宴を催した。招待客のなかには、もちろん旧知の仲である前田慶次や竹中半兵衛も含まれた。
最も、半兵衛は慶次と同席するのはたいそう癪にさわるようであったが。

宴には下働きや小間使いなども参加を許された。皆、庭で咲き誇る黄金色の菊を眺め、振舞われた酒と花の香に酔いしれていた。慶次が庭へ下りていき、菊を背後に朱槍を用いた舞を舞ったことで、ことさら場は和やかな雰囲気になる。

「慶次くん、あんなことしてる。全く、人気集めに暇がないね」
庭で皆に囲まれ、やんやの喝采を浴びて笑う慶次を見、半兵衛はつい毒を吐いた。もちろん、心底からの悪口ではない。自分にはない才を妬んでの、軽い嫉妬である。
「そう言うな、半兵衛。見事な舞ぞ、流石は慶次よ」
隣に座る秀吉が屈託なく笑った。
半兵衛は桃色の花を模した茶菓子を切り分けながら、大したことないんじゃない、などとまだ渋顔だ。

不意に、縁側で酒を飲んでいた慶次と、座敷にいた半兵衛の目が合った。
ゲッ、と半兵衛が引きつった悲鳴を上げたので、秀吉は思わず吹き出す。
「お前も飲めよはんべ〜!」
「ぼ、僕は酒は嫌いなんだっ」
賑やかな空気を連れたまま、朱塗りの杯片手に、慶次がドカドカと上がりこんでくる。膝を後退させる半兵衛を、笑いながら秀吉がつかまえる。
「秀吉!」
「ほいよ、秀吉も」
「おお、すまぬな」
慶次は秀吉に杯を持たせ酒をつぐ。上機嫌でそれをうまそうに飲む秀吉。

白虎の皮に包まれた手が、わしと半兵衛の襟首を掴んだ。
「おらっ、半兵衛も」
「いいったら!」
慶次は嫌がる半兵衛にも杯を持たせると、なみなみと零れるまで酒をつぐ。半兵衛の袖が少しだけ濡れる。
「け、慶次くんっ……」
「ん?こぼしたか?まぁ気にすんなよ!
にしても見事な菊だな〜」

慶次は秀吉の隣にどっかと腰をおろした。
そうであろう、と秀吉は少し得意げに慶次を見おろした。
「この日のために、二本松から取り寄せたものだ」
「いいねぇ。毎年開いたらいいよ。また俺のこと呼んでくれよな」
「無論だ」
「……慶次くんはタダ酒にありつきたいだけだろう」
袖口で口元を押さえ、杯を置きながら半兵衛はまた毒を吐いた。かわいくねぇな、と慶次。

「……そうだな……」

秀吉は微笑んだ。
「来年も、再来年も、この宴を開こう。お前たち、欠席してはならんぞ。日本で最高の菊を見逃すからな」
「君がおじいさんになるまで続けるかい?」
半兵衛が親しげに微笑む。
「秀吉がじいさんになった時にゃあ、半兵衛もくちゃくちゃのじいさんかぁ。あはっ、一度見てみてぇなあ」

笑顔の慶次の頭上で、ブチリと何かがむしられる音がした。見ると、羽根飾りが半兵衛の手の中にある。何すんだ返せ、と怒鳴る慶次。涼しい顔で茶菓子を口に運ぶ半兵衛。
秀吉は目を細めて、庭へ目をやった。金色の菊の花が、波のように夕闇に浮かんでいる。ゆらゆら、ゆらゆらと。



それから幾度、三人で菊を見ただろうか。



ある雨上がりの夕方のことだ。ぼんやりと庭を眺めていた秀吉は、濡れた砂利を踏む足音を耳にする。
前田慶次が、ひょっこりと顔をのぞかせた。
「半兵衛いる」
「会っていけ」
秀吉はまた庭へ視線を戻した。紫陽花の葉にかたつむりが乗っていて、音もなく葉っぱを食んでいた。
慶次は草鞋を脱いで秀吉の隣から部屋へ上がり、ああ、と溜め息をついた。

「綺麗だな。……生きてるみてえ」

秀吉は無言で返事をした。


二度と菊見を開くことはなくなったが、いま中庭には、紫陽花の花が咲いている。



2008/6/14初出