「光秀君、やめたまえ」
半兵衛の細い首に光秀の指が巻き付いている。夜なので暗闇なので半兵衛がどのような顔をしているかはわからない。ただ彼は柳に風と動じることもなく、それは光秀の癪に障った。
「あなた痛覚が無いんですか」
焦れた男は少し強く締めた。半兵衛はそこでようやく、グッと呻き声を漏らした。月が少し照っているから、仮面の下の細い眉が迷惑そうに寄せられたのが見えた。恐怖することのない様子に光秀はひどく苛ついて指をわきわきと動かした。
「……あるよ」
「はあ。試してみても良いですか」
光秀は鎌を持ち上げると、半兵衛の胸に刃を乗せた。
半兵衛は剣を取ると、光秀の首にそっと触れさせた。
光秀の視線はゆるやかにそれを追い、その後彼は愉しそうにクックッと笑った。
「おお怖い。私、殺されそうですね」
「生憎だけど、君のつまらない暇潰しに捧げる命は持ちあわせていないよ」
光秀は両手に大鎌を持ったまま、小さく万歳をするように腕を上げ、半兵衛の上から退いた。
僕は秀吉の役に立って、秀吉の隣で死ぬんだ。起き上がった半兵衛が囁くと同時に光秀の鎌が目にも止まらぬ速さで風を起こした。半兵衛がこちらを向くより早く仮面がプツリと切れ、地面にはらりと落ちた。半兵衛の白磁のような顔が月明かりにあらわになる。彼は微動だにしない。
「あなたは美しいですね」
光秀は半兵衛の、紫色の紅の引かれた唇を親指で撫で擦った。半兵衛はやっぱり表情を変えることなく、機嫌の悪い猫のようにじっとしている。
「あなたは美しいですね。苦痛に歪む顔を見てみたいな」
大鎌がゆらゆら、幽霊のように動いて半兵衛の胸の前で止まった。半兵衛は剣を突くように構え、光秀を威嚇する。男は非常に残念そうに肩を落とした。
「殺しちゃ駄目ですか?どうしても駄目ですか?ねえ?」
光秀を押しのけて数歩歩くと、半兵衛は服に付いた土埃を叩く。
「僕は彼の隣で死にたい」
さも残念そうに、背後の光秀は鎌を擦りあわせた。キシ、キシ、と肌の粟立つような音が半兵衛の背をぞくりと震わせる。
「私に殺されるのは不服ですか。どうせあなた、死ぬのに」
半兵衛は答えない。
2007/12/11初出